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2017/11/21 07 : 46
CATEGORY : [抱き枕]
日野原重明先生のエピソード


趣味の一つにピアノがある。結核を患い、闘病生活を送っていた当時、「ノクターン」を作曲した。この曲は、2008年2月17日放送の「N響アワー」(NHK教育テレビ)で日野原がゲスト出演した際、池辺晋一郎によってごく一部ではあるが披露された。

よど号ハイジャック事件に遭遇した経験を持つ(福岡で開催される日本内科学会総会に出席するため搭乗していた)。
日本初のハイジャック事件ということもあり、犯行グループが「この飛行機は我々がハイジャックした」という犯行声明に対し、「ハイジャック」と言う言葉の意味を知らなかった日本人乗客の為に自ら手を挙げ、「ハイジャックとは飛行機を乗っ取って乗客を人質にすることです」と機内で説明している。

マスコミのインタビューで病院ではエレベーターを使わないと答えてしまったので、どんなに疲れていても、公衆の面前では、エレベーターを使えなくなってしまった。

日野原は、東京大空襲の際に満足な医療が出来なかった経験から、「過剰投資ではないか」と言う批判を抑えて、大災害や戦争の際にも機能出来る病棟として、聖路加国際病院の新病棟を1992年(平成4年)に建設した。
このことは1995年(平成7年)の地下鉄サリン事件の際に遺憾なく発揮された。また日野原の判断により、事件後直ちに当日の全ての外来受診を休診にして被害者の受け入れを無制限に実施し、同病院は被害者治療の拠点となった。この時の顛末はNHKのドキュメンタリー番組『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』でも取り上げられた。

その講演2005年の中で「アメリカの大学教授選考では、最近は年齢は不問です。つまり、業績、仕事をやる人は、年齢に関係なく教授を続けられるようになった。
それに引き替え日本では、大学に定年制が引かれ、アメリカとは逆ですよ。」と発言。



フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)より
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2008/02/23 13 : 45
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